多摩市の歴史
最終更新日:平成20年3月30日
首都圏のベッドタウンとしての成長とニュータウンの形成
現在の多摩ニュータウンの入居が始まる昭和46年まで、多摩市の 前身である多摩町は農村の面影を残す人口3万人あまりの静かな田園地帯でした。戦後、首都圏中心部への人口集中と深刻な住宅難に加えて、戦前から鉄道で結ばれていたという好条件も重なり、現在の聖蹟桜ヶ丘駅周辺地域を中心に、都心への通勤者の居住 地として多摩町が注目されるようになりました。
その後、市制が施行された昭和46年以降、市の南部地域を中心に多摩ニュータウンが形成され、全国から集まった多くの人々が、様々な価値観を共有しながら「新しいまち」づくりを進めてきました。

昭和38年当時の多摩センター周辺

昭和53年当時の多摩センター周辺

現在の多摩センター周辺
歴史的文化財
このように、急速に都市化が進んだ多摩市ですが、市内には貴重 な歴史的文化財も多く残されています。およそ1,500年も前につくられた、稲荷塚古墳は、全国的にも珍しい八角形の古墳で、東京都史跡にも指定されています。また、明治天皇の数回にわたる行幸を 記念して建てられた旧多摩聖蹟記念館は、多摩地域では数少ない昭和初期の西洋建築物で、市の指定文化財になっています。このほかにも、既存地区・ニュータウン地区の双方から多くの文化財が発掘されています。

旧多摩聖蹟記念館
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