令和6年度 市長コラム「多摩の風」

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ページ番号1014578  更新日 2025年2月3日

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市長コラム多摩の風 第130回 いま、別れのとき飛び立とう

今から五年前。新型コロナウイルス感染症で小・中学校は一斉休校となり、歌やエールで感謝や旅立ちを表現する卒業式は消えました。

子どもたちにとって人生の区切りとなる式が簡素化され、お世話になった先生や友人たちと別れの挨拶をする充分な時間がとれなかったのです。

さる1月13日、パルテノン多摩大ホールで「二十歳の祝賀祭」が行われました。毎年、市内の小・中学校を卒業した皆さんで実行委員会を作り、司会進行含めすべて手作りで行っています。

晴れ着姿の二十歳を迎えた皆さん約900人近くが集まり、私や議長の挨拶の後、自分たちで企画したクイズなどの催しへ。

中学生だった当時に公開された映画やドラマのタイトルをあてるロケ地クイズや当時、流行った音楽のイントロクイズなどで盛り上がっていました。

サンリオピューロランドからハローキティも駆けつけ、抽選番号を引くというキューピット役で登壇。会場は興奮の渦に。

私が感動したのは長松剛史実行委員長の挨拶と「旅立ちの日に」の大合唱でした。長松さんは卒業式が突如として大幅に縮小されたことに触れ、そのとまどいの胸中と「二十歳の祝賀祭」に込めた想いを吐露されました。

「いま、別れのとき飛び立とう未来信じて弾む若い力信じてこのひろいこのひろい大空に(旅立ちの日に:作詞=小嶋登、作曲=坂本浩美)」それぞれのパートの歌声がホールに響き会場全体が一つに。私の頬にも涙が…。

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム多摩の風 第129回 「ひとりじゃない」

「中学へ行かぬと決めしわれを打ち母は涙で思いを語る」この歌は「生きていくための短歌」(岩波書店・2009年刊)に掲載された不登校当事者本人の声です。いつの時代も親子の葛藤はつきません。

保護者の皆さん。「自分の子どもに限って」と思っていませんか。当事者の皆さん。「どうせ親に話しても分かってもらえない」と思っていませんか。

「生まれてくる子どもは親を選べない」ことを「親ガチャ」と言うそうです。とはいえ成長の過程で誰もがチャレンジできる選択肢を増やせる社会にしていかなければと思います。

昼夜逆転となり、自然と学校や友人とのつながりも途絶え、突然のことに親はどうしたらよいか分からないという事態に。

私の子どもも中学の頃、学校に行けなくなったことがありました。学校に通えるようになったのは高校に入ってから。この昼夜逆転の日々を抜け出せたのは好きなバスケットボールや地域の人たちの力でした。

現在は、サービス業の現場で若い学生バイトなどをとりまとめ昼夜問わず仕事をこなしています。仕事の悩みや不満の相談に応えることもあるとか。

「不登校オンライン」というWebメディアでこんな短歌をみつけました。『比べると明らかに鳴る通知音「ひとりじゃない」はやっぱうれしい』

閉じこもっていてもいなくても携帯電話が社会や友人たちとの細く、時に太い窓口となっている時代のようですね。 

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム多摩の風 第128回 お口の健幸と野球と平和賞と

私の好物に「あずきバー」があります。猛暑にはあの硬さが最高で。ですが、2度ほど歯を割ってしまい歯医者さんのお世話に。

「今年はちょっと時間を置いてから食べるようにしたら、歯を割らずに済んだ」と元プロ野球選手のパンチ佐藤さんに話したら「少し溶けた方が小豆の甘さもでますよ」と。

先月の「お口の健幸講座」での話です。パンチ佐藤さんは川崎市にお住まいですが、多摩センターにかかりつけの歯医者さんがおられるとか。やはり硬いものを噛んで歯を痛めたそうです。

パンチ佐藤さんは1990年にオリックス・ブルーウェーブにドラフト1位で入団。同時代の選手には、その後メジャーリーグのドジャースやメッツで活躍した近鉄バファローズの野茂英雄選手もいました。

今年のワールドシリーズはテレビに釘付けでした。ヤンキースとドジャースとの対決は実に43年ぶりだったとか。背番号17の大谷翔平選手の雄叫びは最高でしたね。

それにしてもメジャーでの日本人選手の大活躍はすごい。私事ですが、毎年のように子どもたちと一緒に広島を訪れていたら、いつのまにか広島カープファンになってしまって。

その広島そして長崎で「日本被団協」がノーベル平和賞を受賞。世界が核の脅威で破滅の危機に瀕している今日、唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶の声を広げていかなければと。

やはりお口の健幸も野球も「平和」でなければですよね。

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム多摩の風 127回 聖蹟桜ヶ丘駅誕生から100年

もう100年も前、当時の多摩村は観光ブームの真っただ中だったようです。

さかのぼること114年前、1‌91‌0(明治43)年に現在の京王電鉄の前身である京王電気軌道が設立。陸蒸気が走る中央本線(旧甲武鉄道)に対抗し、甲州街道沿いに鉄道を走らせます。

1925(大正14)年。玉南電気鉄道が府中から東八王子(現京王八王子)までに鉄道を通し、関戸駅を開業。来年3月には駅開業100年を迎えることとなります。

当時静かな農村だった多摩村は大きな変ぼうをとげることに。1930(昭和5)年には明治天皇が何度も訪れた連光寺に、当時としては最先端のモダニズム建築による多摩聖蹟記念館が誕生し、日帰りハイキングコースのメッカに。いつの時代も鉄道や地元にとって観光ツーリズムは大切な産業だったようです。

また、名所鳥瞰図の絵図で大ヒットした吉田初三郎の効果もあり、スペシャルな行楽地というイメージも根付いたようです。

1937(昭和12)年には、関戸駅は聖蹟桜ヶ丘駅と改称され、府中と多摩を結ぶ鎌倉街道の要衝となる関戸橋も完成します。駅名に込めた熱い想いを感じませんか。関戸駅当時の駅舎写真をお持ちの方は、市役所にぜひご一報をお願いします。

今年は、永山駅・多摩センター駅の開業50年でもあり、パルテノン多摩のミュージアムで「鉄道が街にやって来た」展を11月10日㈰まで開催しています。こちらもご覧ください。

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム 多摩の風第126回 どのような未来にするのか

先月末、多摩市立中央図書館100万人来館記念イベントが行われました。これまでの図書館本館への来館者は年平均十数万人台でしたから素直に喜んでいます。

特に子どもや若い方々の来訪が多く、本好き・博学の徒が増えることを願っています。

本年6月、出生数が72万人台に減少したとの報道に衝撃が走りました。厚生労働省で「ミスター介護保険」と呼ばれた山崎史郎さんが『人口戦略法案』という小説を著したのはもう3年前。その後、国は「こども家庭庁」を創設、自治体は「学校給食費無償化」など矢継ぎ早に対応してきました。

『未来の年表』シリーズで人口減少や社会の行く末に警鐘を鳴らしてきた河合雅司さんは『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』で、直近5年間の出生数の減少傾向から、日本の人口は50年で半減・100年後に8割減となると警告します。

河合さんは「もはや日本は大手術しなければ助からない段階にある」「事態は切迫している」と述べています。

私も同感です。多文化共生はじめ地球沸騰化の危機とも相まって対策は急務です。

SF作家・星新一さんはショートショート『最後の地球人』(1959年)で、人口激増の末、人口減少となり、地球には最後の若い夫婦一組となり、生まれた子どもが保育器で成長していくという話を描いています。

どのような未来にするのか。共に考えませんか。「知の地域創造」の出番です。

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム 多摩の風第125回 キース・へリングの想い

八ヶ岳山麓の小淵沢に中村キース・へリング美術館があります。先月、「キース・へリングと平和をえがこう」とのワークブックが刊行されました。

この冊子は、色鉛筆・マーカーなどで自由に描き、へリングと共に平和への想いを表現するワークブックとなっています。

キース・へリングは、1980年代のアメリカを代表する芸術家でストリートアートの先駆者でした。地下鉄構内にチョークで絵を描いたり、ベルリンのチャリー検問所の壁に絵をかいたりなど大活躍でした。

今回の企画展では、アートには世界を変える力がある!戦争ってこわいもの、核兵器にぜったい反対、などへリングが想いを込め制作したアートを展示し、ニューヨーク・多摩さらには広島で市民から託された想いの軌跡を追っています。

へリングは1987年に開館直前の「パルテノン多摩」を訪れ、約500人の子どもたちと一緒に大きなキャンパスに人々が手をつなぎ輪となって集うマイ・タウンを描き、その作品は多摩市そして市民の記憶に残る大切な宝物となっています。

私は、今年も8月6日、子どもたちと共に広島平和記念式典に参列し、核兵器廃絶と世界平和を祈ってきます。

残念ながら、へリングは、1990年にエイズで亡くなり、広島の市民と約束したアートを描く願いは叶いませんでした。

8月25日のパルテノン多摩での広島派遣成果報告会、そして小淵沢の中村キース・へリング美術館をのぞいてみませんか。

(多摩市長阿部裕行)

市長コラム 多摩の風第124回 寅子とアイスランドと多摩と

NHKの朝ドラ「虎に翼」、ご覧になっていますか。伊藤沙莉さん演じる寅子が女性として当たり前に生きる道への苦闘と奮闘から目が離せません。モデルは、日本で初めて女性弁護士となり、初の女性裁判所長となった三淵嘉子さんです。

しかし、日本は、三淵さんの活躍はあったものの、男女平等の達成度を示す「ジェンダーギャップ指数2024」(世界経済フォーラム発表)では、世界ランキング118位と低迷したままです。

先月もアイスランドウィークを開催するなど多摩市が友好関係を築いているアイスランドは、男女平等で15年連続トップです。何が違うのでしょう。

アンコンシャス・バイアスという言葉をお聞きになったことはありますか。「男らしさ」「女らしさ」という無意識の思い込み・偏見です。

もう、50年も前になりますが、大手食品メーカーの「私作る人、僕食べる人」というテレビCMが問題となり放送中止になりました。いまだに、この呪縛から解き放たれていないように思えます。男性が祭りの企画をたて、女性が食事の用意をするなどの光景はありませんか。

アイスランドでは、10月24日を「女性の休日」と名付け、男女の賃金格差・ジェンダー由来の暴力など性差別に抗議するストライキが行われています。声をあげ、動くことが大切なのかもしれません。

大統領からも建国80周年のメッセージを多摩市民宛てにいただきました。YouTube多摩市公式チャンネルでご覧いただけます。

(多摩市長阿部裕行)

市長コラム 多摩の風第123回 おいしいビールを飲むぞ!

私が市長として「東京ヴェルディ」を応援し始めてから、14年が経ちます。この間、味の素スタジアムを何回、訪れたことか。「おいしいビールを飲むぞ!」と声を限りに叫んできました。

いま、東京ヴェルディの試合をJ1リーグとして観戦できるのは夢ではないかと思う自分がいます。なにしろ、味の素スタジアムで、なかなか五千人を越えられず。1万人が集まることなど、夢のまた夢でしたから。

しかし、開幕戦の国立競技場でも5万人を越える両チームのサポーターが会場を埋め尽くし、味の素スタジアムでも常に2万人もの観衆を目の前にして夢ではないと実感しています。

「東京ヴェルディ」は見事16年ぶりにJ1リーグに復帰し、過去の戦績と比較されますが、現在の「東京ヴェルディ」は、かつてラモス瑠偉選手・三浦知良選手・北澤豪選手らがいた栄光のチームではありません。

J1リーグでは最も若い選手で構成され、大活躍しているフォワードの染野唯月選手・木村勇大選手らは期限付きの移籍選手です。とにかく城福浩監督の采配が素晴らしい。指揮官としてチームを結束、熱量で上位チームと果敢に闘っています。

確かに、「町田ゼルビア」は強い。J2リーグ優勝の勢いそのままJ1リーグの強豪チームを蹴散らし、まさに下剋上の戦いです。 とはいえ、次回の「東京クラシック」は、「おいしいビールを飲むぞ!」「勝つぞ!」頑張ってほしい!

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム 多摩の風第122回 多摩市のモダニズム建築

モダニズム建築と言えばル・コルビュジェが有名ですが、この1920・3‌0年代に一世を風靡した建築物が多摩市に現存しています。都立桜ヶ丘公園内にあるクリーム色に輝く円形ドーム型の「旧多摩聖蹟記念館」です。

子どもの頃、当時あった農林省の鳥獣実験場から逃げ出したクジャクが大きな羽を広げ、闊歩していたことを覚えています。この記念館は多摩市の指定有形文化財であり、東京都の「特に景観上重要な歴史的建造物等」にも選定されています。

もともとは、明治天皇が兎狩や和歌を詠みに連光寺に行幸していたことを記念し、宮内大臣を務めた田中光顕らが1930(昭和5)年に建てたものです。

この記念館はDOCOMOMO Japanの「日本におけるモダンムーブメントの建築」として2021年に選定されるなど近年も注目を集めています。

建物を設計した建築家の蔵田周忠は、1966(昭和41)年に71歳で亡くなりましたが、その生涯に焦点をあてた展覧会が5月26日まで記念館で開催されています。

展示を見て驚きました。蔵田は、第一次世界大戦後のワイマール憲法下のドイツで「ジードルンク」と呼ばれる集合住宅を視察。椅子式の暮らしや実用的な家具といったモダンな住まい方を日本に導入した人でした。

その後、多摩丘陵を造成し、多摩ニュータウンの誕生へ。蔵田が想い描いた「ジードルンク」の暮らしが実現したのかどうか。静かにたたずむ記念館で耳をすませてみませんか。

(多摩市長 阿部裕行)

市長コラム 多摩の風 第121回 「未来着ている」子どもたち

制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」。歌人の俵万智さんが詠まれた短歌です。春は、入学・進級・就職など心持ちも心機一転となる季節ですね。

このコラムを書いている時点では議会での議決はいただいていませんが、この4月に市立小・中学校の「学校給食無償化」に取り組みます。東京都の学校給食費の無償化への取り組みを行っている自治体に対して二分の一の補助を行うという新年度予算編成を受け、市民の皆さまや、市議会からも会派を超えて、学校給食無償化への要望をいただいたこともあり、未来への投資として積極果敢にチャレンジしようと決意しました。

義務教育である学校教育での給食は本来、国の財源で無償化すべきと考えますが、地方自治体でもやれることは国に先駆けてやらねばとの思いです。

この他、出産した後の授乳や育児の相談、休息にも利用できる宿泊型の「産後ケア」事業を新たに開始します。また、就労などの有無に関わらず幼稚園・保育所などで預かりを行う「こども誰でも通園制度」を試行実施します。

さらに離婚などでひとり親家庭の方への養育費が確実に確保できるよう「公正証書」手続きなどを支援する取り組みなどなど。

8月には永山公民館並びに永山北公園で、市内の幼稚園・保育所をはじめ、多数の子育て関係団体による「こどもまんなかフェス(仮称)」を開催します。

子どもの意見表明含め、「未来着ている」子どもたちをしっかりと応援していきます。

(多摩市長 阿部裕行)

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